生活文化創造都市推進事業

生活文化創造都市ジャーナル_vol.18
「クリエイティブプレイスがまちをつくる―横浜と鳥取の事例から―」

横浜市立大学大学院都市社会文化研究科
客員教授 野田邦弘氏

 

BankARTとクリエイティブシティ・ヨコハマ

横浜市立大学研究交流課に勤務していた私に、2002年秋東大助教授(当時)で横浜市参与の故北澤猛氏から電話があった。横浜の旧市街地関内地区で空きオフィスの増加や地価の下落など空洞化が進んでいるので、文化と観光で関内地区を再生する取り組みを始める事で市長と合意した。ついては新しく設置する都市経営局に来て、その仕事を担当してくれないか、という内容であった。前年に就任した中田宏市長に北澤氏が提案して実現の運びとなった案件だった。

文化政策専門家、シンクタンク研究者などで組織する委員会(北澤委員長)が設置され、私は事務方を務めた。検討に際してはアーティストファーストの視点から「どのような環境を整備すれば、アーティストやクリエイターは関内に居ついてくれるか」をガチで議論した。アーティストへの税制優遇措置、ミールクーポン配布、市営交通フリーパスなど,自由闊達に議論した。理論的フレームはR.フロリダの「クリエイティブ資本論」(The Rise of Creative Class)に依拠した。アーティスト、デザイナー、科学者といった「創造階級」が多く集まる都市が発展するので、彼らに選ばれるまちづくりをする必要があるというものだ。邦訳がでる前だったので辞書片手に原書を読みながら議論を行った。

議論の結果は、野村総研の協力のもと「文化芸術創造都市―クリエイティブシティ・ヨコハマの形成に向けた提言」として結実した。そこでは、関内地区の空きビル、空きオフィスにアートやデザインといった創造機能を集積し、地域の魅力を発信することで地域を再生することを提言した。そして、提言実現のためのリーディングプロジェクトとして、旧第一銀行と旧富士銀行の2つの空きビルをNPOが運営するアートセンターが2004年3月スタートした。BankART1929である。市によるリノベーションをすませた同施設では、美術作品展示、映像・演劇・ダンス・音楽などの公演、アート関連書籍販売、アーティストインレジデンス、カフェなど多彩なプログラムが展開された。BankART1929は場所を変えながら、今日まで事業を継続している。

本プロジェクトは、事業目的、事業スキーム、事業主体の募集要項など、横浜市による制度設計が良く練られていたこと、選考されたNPO(BankART1929)の多大な努力により、大きな成果を生み、各方面から高い評価を受けることとなった。その結果、周辺地区の空きスペースがスタジオやアトリエなどのクリエイティブプレイスとして転用されるようになり、地域に活気が生まれた。空きオフィス率の低減や地価下落が底を打つなど目に見える成果も出てきた(この経緯については野田邦弘『創造都市横浜の戦略』学芸出版を参照)。

BankART
BankArt1929の初代施設(旧第一銀行)

 

鳥取における空き家活用

私は、2004年末で横浜市を退職し、2005年度から鳥取大学地域学部教授に着任した。人口最大都市(378万人)から人口最小県(55万人)へ拠点を移した。大学では学生と一緒にフィールドワークも行った。その際の基本理念は、「地域の空きスペースを活用した文化活動の展開による地域の変容」に関する調査研究である。これは、横浜市時代に経験した手法の再現である。

最初の事例は、倉吉市の高田酒造の倉庫を使ったジャズコンサートDOZO de Live at Homeであった。倉庫を手作りでコンサート会場を設営し、地元出身バイオリニスト門脇大輔率いるジャズバンドが昼夜二回公演を行い、満員に近い盛況を博した。しかし、すべて手作りの事業では教員の負担が大きく継続することはできなかった。

DOZOde Live
DOZO de Live at Home(高田酒造)

倉吉で次に取り組んだのは、アーティスト・イン・レジデンス「明倫AIR」である。十数人の学生たちと地域に入り、地域住民、行政、商店街、などと連携しながら2010年に実施した。プロデューサーには倉吉にゆかりのある小田井真美氏(さっぽろ天神山アートスタジオAIRディレクター)があたり、学生アーティスト中村絵美氏によるアートプロジェクト「メイリントーン」を展開した。明倫地区の住居をまわり、不要となった金属製品を集めてきて、それらを使って楽器をつくり、最終日に地域住民とパレードしながら楽器を演奏するというものであった。この際、楽器制作現場として使用したのが、廃校旧明倫小学校であった。坂本鹿名夫設計の1955年竣工の旧明倫小学校は現存する最古の円形校舎建築として,そのデザインのユニークさで同校卒業生や地域住民の誇りであった。しかし老朽化のため市は同校舎を解体する方針を後年決定し、解体工事費を予算計上した。そこで、地元のまちづくりNPO明倫NERXT100が中心に署名活動を行い約7千筆の署名を集め倉吉市長に提出した。全市民の7人に1人が署名したことにより市は解体方針を撤回した。その後、明倫NERXT100が中心となりながら、グッドスマイルカンパニー、海洋堂、米子ガイナックスと提携し、旧明倫小学校を「円形劇場くらよしフィギュアミュージアム」として2018年再生した。

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ホスピテイルの会場(旧横田医院。野田撮影)

3年間の倉吉でのフィールドワークを終え、鳥取市へ活動拠点を移し取り組んだのがアートプロジェクト「ホスピテイル」である。鳥取市のまちなかの廃病院旧横田胃腸外科医院を活用したアートプロジェクトである。不動産オーナーからは大学が使うという条件で無償でお借りした(現在は固定資産税相当額を施設使用料として支払っている)。旧横田医院の近くの廃旅館もリノベーションしてホスピテイル招聘アーティストのレジデンス等として活用を開始した(COTOMEYA)。このような大学のアーティストインレジデンスの取り組みは2014年と2015年鳥取県が主催した全県的なアーティストインレジデンス事業「鳥取藝住祭」にもつながっていった。

Gei-juSai
鳥取藝住祭のポスター

 

クリエイティブプレイスとは何か

私が横浜市時代から鳥取大学時代にかけて一貫して取り組んできた活動は、地域の空きスペースで、アートプロジェクトを展開することで、地域住民や行政職員など様々な人々に刺激を与え、彼ら/彼女らの潜在的クリエイティビティを顕在化し、人々の交流を活性化し地域で新たな価値創造を行うことが目的であった。横浜での取り組みは私の想定を超えた成果を上げたが、一方鳥取での取り組みはまだ道半ばである。これらの取り組みは、①場所づくり→②事業づくり→③ネットワークづくり→④まちづくり、というコースを想定している。

このスキームでは、地域の空きスペース=隙間をみつけ、それまでになかったアクティビティをそこにインストールすることがファーストアクションとなる。このような芸術文化活動を柱とした新たな場所の開発について、最近都市計画分野や不動産業界において「クリエイティブプレイス・メイキング」と呼ぶようになってきた。これは、A.マークセンとA.ガドワにより2010年に提唱された概念で、芸術や文化などの創造活動を重視した地域づくりこそが、誰もが住みやすい持続可能な地域社会形成に繋がるという考え方にもとづいている。

このような機能は、各地に設置された美術館、劇場、ホールなど文化施設(公立・私立含む)が果たすのではないかと考えるかも知れない。しかし、これら文化施設のほとんどが、前時代=工業時代の発想にもとづいて設計されており、そこでは「優れた」芸術を市民に提供するという「高級芸術配給事業」と市民文化活動を発表する「発表会場」が目指されている。しかし、脱工業化時代=創造経済時代を迎えた現在求められるのは、すべての人々が潜在的に持っているクリエイティビティを引き出すことにより、新しいアイデアを現場から生み出し、それをリファインし新たな価値創造へと発展させる機能である。このような創造性誘発機能は、作家―観客、作品―鑑賞、といった2項モデルではなく、お互いに協働・共鳴しあう関係性=共創のモデルとなる。

そして、そのような共創を生み出すには、制度設計や空間設計において、開放性、偶然性、流動性などが求められる。それは、文化会館のようなスクエアな施設ではなく、また、自治体や自治体設置財団による硬直的・管理的な運営ではなく、NPO等民間による柔軟な運営がふさわしい。

 

創造経済時代と創造性を育む教育

現代は、モノの生産から知的財産の生産へと産業の主軸が移行してきた。そのことは企業ランキングでアメリカのIT企業=GAFAが上位を独占していることが示している。この間、日本は製造業にこだわり産業構造変化に対応してこなかったため、30年前は世界を圧倒した日本企業は跡形もなくなった。AIやIoTなどがリードする産業構造変化は、社会の有り様を一変すると同時に、求める人物像も大きく変わってきた。従来の製造業では、規格化された製品を大量に生産・販売することが中心であり、消費者の嗜好をマスでとらえる「マーケティング」に基づく生産・販売戦略が重要とされた。そこではマーケットの動向を「科学的に」分析し、それにもとづく経営方針を立案できる人材が優位で、サイエンスに秀でた人材が求められた。

しかし、脱工業化=創造経済の時代では、消費者ニーズを把握することではなく、先回りしてそれを「創造」することが求められる。ビッグデータの活用などのテクノロジーの発達がそれを可能とした。そこでは、サイエンスの素養にプラスしてクリエイティブ=アートのセンスが求められるようになる。例えば、IT技術を活用した新しいサービスやその提供方法を開発する創造的能力などである。iPhoneは消費者ニーズに応えた製品ではなく、それを新しく創造したために爆発的ヒット商品となった。

山口周によれば、現代社会で求められる能力は課題解決能力ではなく課題設定能力へ変化している。そして、正しい課題設定をするためには「世界はこうあるべきだ」「人間はこうあるべき」といった構想力=ビジョンが必要となるが、それはMBAといった「正解」が用意された学習ではなく、自分自身で創造的に問題を立てる事が決定的に重要となる。そのためにはリベラルアーツの素養が重要となる。そして、それらリベラルアーツの知識を組み合わせて新たなアイデアを創出する創造力こそが最も重要な能力となる。

ソニー生命保険が2019年に行った「なりたい職業」調査で,中学生男子の1位は「YouTuberなどの動画投稿者」(30%)となった。10年前一体誰が中学生男子のなりたい職業のトップがユーチューバーになると予測できたであろうか。そもそもYouTube日本語版のスタートは2007年である.このようにテクノロジーの進化により将来どのような仕事が生まれるか予測できない。C.デビッドソンは「現在の小学校の児童の約3分の2は、現在存在しない職業に就くことになる」と予言している。新しい産業や仕事を考え出すのは創造力だ。20世紀は「生産性」が重要な個人能力を測定する指標だったが、創造経済の21世紀には「生産性」は「創造性」に置き換わる。このような認識に立った社会システムの変革、とりわけ教育改革をいそぐ必要があるだろう。

SOPHIA
初のAI搭載ロボットSOPHIA
(Hanson Robotics)

写真提供:野田邦弘氏

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