生活文化創造都市推進事業

生活文化創造都市ジャーナル_vol.11 アーツカウンシル新潟の『東京2020文化オリンピアード』に向けた取り組み

アーツカウンシル新潟 プログラムディレクター

杉浦 幹男氏

 

アーツカウンシル新潟の設立

 

 2016年9月26日、(公財)新潟市芸術文化振興財団内にアーツカウンシル部が設置、「アーツカウンシル新潟」が設立された。現在、全国各地で設立が続く地域アーツカウンシル。新潟市は、横浜市、東京都、沖縄県などに続き、全国で7番目の設立となる。

 

 アーツカウンシルは、文化芸術の専門家による支援組織であり、文化芸術振興を目的として、市民の活動や事業に対して助成を行うほか、様々な支援を行っている。設立から1年が経過し、市民の文化芸術活動の拠点となる「文化情報スペース」をオープンし、有識者をゲストに招聘、講演を行い、新潟市内の文化芸術団体が学び、語り合う機会となるトークシリーズ「語りの場」を開催するなど、徐々に市民の認知を広げている。

 その活動は、「市民の文化芸術活動の支援」をはじめ、市の文化政策のシンクタンク機能を担う「調査・研究」「情報発信」及び「企画・立案」の大きく四つの柱で成っている。目的として、「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた文化プログラムに全市一体で取り組み、市民の文化芸術活動の活性化を図るとともに、国際観光の振興や経済活動の推進につなげ、大会終了後もその成果を継承し、持続的な文化創造交流都市の推進体制を構築すること」を掲げており、設立当初から『東京2020文化オリンピアード』に向けた取り組みを大きな目標としている。2017年6月12日、都道府県及び政令指定都市で初めて新潟市が文化プログラムの一つである「beyond2020」の認証組織となり、その窓口をアーツカウンシル新潟が担っている。以降、認証を通じて、多様な市民の活動に対する支援を一層進める、さらにアーツカウンシル新潟のプレゼンスの向上と文化芸術に関心のない市民も含めた認知の拡大を図っている。

 

 アーツカウンシル新潟の設立以前から新潟市は、「水と土の芸術祭」や「2015年東アジア文化都市」の取り組みなど、大型の文化芸術事業を積極的に開催してきた。アーツカウンシル新潟では、そうした大型事業だけではなく、豊かな歴史と自然に育まれた新潟市の文化の再発見、また、市民、そして地域社会と文化芸術を結ぶ取り組みへの支援を意識して実施してきている。そうしたなか、アーツカウンシル新潟では文化芸術を通じた地域社会への効果(変化)を“レガシー”としていきたいと考えている。

 

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アーツカウンシル新潟文化情報スペース

 

文化芸術を通じた地域社会への四つの効果

 より質の高い文化芸術の創造、そのための環境や仕組みづくり、そしてより多くの市民が文化芸術に触れる機会を拡大するといった、従来から考えられてきたいわゆる文化芸術振興に加えて、東京2020大会が模範としているロンドン2012大会の文化プログラムの推進役となったアーツカウンシルイングランドが評価指標として導入している、以下の四つの効果(変化)の創出を戦略的に進めている。

 

 一つは、社会的効果。文化芸術が持つ多様性に対する寛容、表現の持つコミュニケーション機能等を活用することによって、世代間や地域内での相互の理解が促進され、交流を創出するといった効果を期待している。例えば、自治会やコミュニティ協議会等の地域組織における文化芸術活動を支援することで、元々居住している住民と新たに移住してきた住民との交流と融和を図ることをめざしている。地域の歴史や文化を知らない新しい住民に対して、地域の高齢者等が昔語りをする、あるいは北陸地方に残る「鯛車」といった郷土玩具を一緒に製作するといった事業を実施することで、住民相互の対話が生まれ、かつ高齢者と子どもの世代間交流も創出される。また、住民全体にとっても地域の文化資源の再発見につながり、地域に誇りと愛着が醸成されて、コミュニティが再生される効果も期待できる。

 

 二つめは、教育的効果である。文化芸術は、子どもたちの豊かな表現力と多様な個性を認め合う心を育む。競争社会から共生社会へと移行し、国際化が進展する中で、子どもたちは他者の持つ多様な個性を理解し、尊重することを文化芸術から学ぶことで、いじめや不登校などの学校現場が抱える課題に対応することができると考える。あわせて、子どもたちだけでなく、家庭内で話題となることによって、大人も同様に文化芸術からともに学ぶ機会を提供することになっていくことも期待される。

 

 三つめは、より良い市民社会(well-being)のための効果。人々が経済的な価値だけではなく、誰もが多様な価値観をもって幸福な市民生活を送ることのできる社会包摂の意識が定着し、そして共生社会が実現することが期待されている。また、表現活動を通じた心(生活)を豊かにする文化芸術活動とそれによってもたらされる交流は、地域における生きがいとなり、さらに一人ひとりの健康的な生活にもつながっていく。そのことにより、コミュニティでの市民生活の満足度が向上し、健康づくりと相互扶助が社会保障費の抑制にもつながっていくものにしたいと考えている。

 

 最後に経済的効果が挙げられる。美術工芸、音楽、舞台芸術等の文化そのものが産業化する、あるいは映画やアニメーション、ゲーム等のコンテンツ産業が思い浮かぶが、それだけではなく、文化芸術を活用することによって、その魅力が集客につながり観光振興が図られる、商品開発やデザイン等、企業等の産業活動に活用され、新たな産業が創出されるといった経済的効果が期待される。

 

 アーツカウンシル新潟では、こうした文化芸術の持つ様々な効果(変化)についての調査研究を行い、新潟市政の文化政策の方向を示す『新潟市文化創造交流都市ビジョン』のあり方及び政策評価を市当局とともに検討、推進している。

 

“レガシー”創出に向けた取り組み

 2020年に向けての“レガシー”創出に向けた取り組みとして、様々な事業に取り組んでいる。代表的な取り組みとして、国際文化交流事業「新潟インターナショナルダンスフェスティバル(NIDF)」、社会包摂及び農村文化の保存継承の三つの取り組みが挙げられる。

 

 一つめの「新潟インターナショナルダンスフェスティバル(NIDF)」は、先述の2015年東アジア文化都市の事業の一つとして、第1回フェスティバルが開催された国際文化交流事業である。全国でも知られているように、新潟市には日本初の劇場専属の芸術団体(レジデンシャル・カンパニー)である舞踊団「Noism」が2004年に設立され、新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあを拠点として活動している。Noism芸術監督・金森穣氏の発案、企画により韓国及び中国から舞踊団を新潟市に招へいし、日中韓の三ヵ国によるフェスティバルが行われた。2017年10月から12月にかけて開催された第2回となる「NIDF2017」では、上記にシンガポールを加えた四ヵ国で開催された。この事業は、北東アジアの文化交流拠点をめざす新潟市から国内、世界に文化を発信する事業であるとともに、東京2020大会に向けた新潟市における文化プログラムの主要事業に位置付けられている。

 

 公演に加えて、海外から参加した舞踊団の振付家による、舞踊家を対象としたワークショップも開催された。新潟市は、人口当たりのバレエ教室数が全国でも群を抜いて多く、市民レベルでの舞踊が盛んな地である(新潟市0.25教室、全国0.06教室。公益社団法人日本バレエ協会調査より算出)。こうした市民の文化芸術への関心を把握し、参加を促しながら、強みを活かした戦略的な国際文化交流の取り組みを進めている。一方で、有料観客数の伸び悩みや実行委員会方式であるが故の事務局体制の不備、協賛金等の資金調達など、様々な課題はあるが、それらを一つずつ解決していくことで、行政だけでない多様な主体の参画による継続的、自律的な市内の文化芸術活動を支援する体制づくりと環境整備を進めている。

 

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「新潟インターナショナルダンスフェスティバル(NIDF)」©村井勇

 

 二つめの社会包摂に関する取り組みは、2012年のロンドン五輪における文化プログラムの成果として注目され、近年、わが国でも関心が高まっている分野である。ロンドン五輪では「ロンドン2012カルチュラル・オリンピアード」の主要プログラムの一つとして、障害のあるアーティストの創造性溢れる活動を支援する「アンリミテッド(Unlimited)」が展開された。英国では、2012年以降も「アンリミテッド」だけでなく、一般の市民、さらには子どもや障がい者、外国人市民など、誰もが文化芸術活動を契機として地域コミュニティに参加することのできる社会の実現に向けた取り組みが続けられている。これまで、地方都市である新潟市では目立った動きはなく、一般の市民の関心もそれほど高いものとは言えなかった。しかし、今後、わが国でも誰もが地域コミュニティに参加し、互いに支え合う社会の実現に向けた取り組みが期待されるなか、アーツカウンシル新潟では、この分野に豊富な経験と知見を持つプログラムオフィサーを採用し、新潟市行政及び市民への理解の促進に向けた試みを始めている。

 

 設立して間もない2016年度から新潟市の関連する部署の職員を募り、有志による研究会を開催し、最新事例を共有するとともに新潟市での取り組みの可能性について議論した。また、鳥取県の鳥の劇場の協力のもと、2017年10月2日・3日、芸術監督で演出家の中島諒人氏を招へいし、「“インクルージョンと演劇”を考える二日間」と題し、「地域社会と演劇」及び「障がいのある人との演劇」をテーマに二夜にわたるセミナー・ワークショップを開催した。新潟市内で演劇活動をしている方やまちづくりや福祉の関係者が集まり、表現活動を通じた創造的なインクルージョン(包摂)の先駆的な試みについての学びの場を持ち、活発な議論が交わされた。続けて、10月4日に障がいのあるプロのアーティストを支えるニューヨーク唯一のオフブロードウェー劇団であるTBTB・ビンビンファクトリー公演を開催した。TBTB(シアター・ブレーキング・スルー・バリアーズ)とは、「障がいを越えていく劇団」の頭文字を並べた名前である。公演終了後、アフタートークでは、障がいのある人が周囲とどのように衝突し、関係を作るか、観客から多くの質問があり、新潟市における社会包摂の実現に向けた端緒となる取り組みとなった。

 

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セミナー・ワークショップ「“インクルージョンと演劇”を考える二日間」

 

 三つめの農村文化の保存継承は、新潟市内に伝えられた神楽や獅子舞等の伝統芸能を通じたコミュニティ再生の取り組みである。伝統芸能の保存継承は、指導者の高齢化、後継者の不足など、わが国における少子高齢化の影響を受け、各地で存続の危機が懸念されている。中山間地域等の過疎地域では、伝統芸能だけでなく、神社の存続すら危うくなっており、コミュニティそのものが崩壊の危機に陥っている地域もある。政令指定都市である新潟市も例外ではない。一方で、東日本大震災の被災地では伝統芸能が復興のシンボルとなり、コミュニティの再生に寄与した取り組みが注目されている。伝統芸能は、その地域で長い年月をかけて暮らしの中で人々が磨き受け継いできた大切な宝であり、郷土の誇りであるとともにコミュニティの絆となってきた。伝統芸能を通じて、地域の誇りと絆を取り戻し、コミュニティの再生、さらには地方創生を図っていくことをめざし、2018年3月、「農村文化協議会」を関係有志によって設立したところである。今後、協議会を通じて、伝統芸能の保存継承を手がかりに地域コミュニティのあり方、住民が支え合いながら幸せに暮らしていくことのできる地域社会のあり方を議論、共有し、取り組みを進めていく予定である。

 

 その他にもアーツカウンシル新潟では、『東京2020文化オリンピアード』に向けた、そして2020年以降の“レガシー”創出に向けた様々な取り組みを検討し、試みていく予定である。設立間もない三つの取り組みは、いずれも単なる芸術文化分野のための芸術文化振興ではなく、地域において人々が幸福を感じながら暮らしていく“社会の仕組みづくり”に向けた取り組みである。少子高齢社会の到来は、地域経済の低迷、社会保障制度の高負担、働き方の見直しなど、様々な社会課題を生む。また、大災害は日本全国共通の課題であり、防災対策としての地域住民の絆を維持していくことが期待されるなど、芸術文化を人々の関心のきっかけとして社会や地域の課題解決に貢献していくことができる。先般、制定された文化芸術基本法でも、人々の心のつながりや相互に理解し尊重し合う土壌を提供し,多様性を受け入れることができる心豊かな社会を形成するものであることが示されている。アーツカウンシル新潟で取り組む『東京2020文化オリンピアード』は、文化芸術の可能性を広げるわが国の地域における“レガシー”の創出に挑戦するものでありたい。

 

 

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